きみがすき。
お気に入りの駅前の喫茶店。
テーブルを挟んで向かい合って座った二人。
その間にはオーダしたアイスティとケーキが二人分並んでいる。
「加地君、どうしたの?」
やわらかな彼女の声に、ふと意識を浮上させる。
「ううん、なんでもないよ」
「嘘。なんか遠い目してたよ」
彼女は少しむっとした表情だ。そんな風にふくれた顔すら愛しいのは重症かな?
そういえば頼んだオーダが運ばれて来てから、何も話してなかったかもしれない。
別に食べるのに夢中になってたとか、そうゆうことじゃない。
彼女の顔を見つめていて、思い出したから。
「別に。ただ幸せだなあって思って」
「何それ?」
ケーキを口に運んでいた彼女は短くそう返す。
「香穂さんと一緒にいられて幸せだなあって思って」
繰り返して言うと、彼女はフォークをテーブルに置いてグラスに視線を落とした。
「またそうゆうこと…」
そう言いながら、その語尾が小さくなっていく。
何度か言われているからわかってる。「恥ずかしいからあんまり面と向かって言わないで」って。
けど、そんなに恥ずかしいことかな?僕にはよくわからない。君が望まないことならやめようって思うけど。
でも、やっぱりさ。
「恥ずかしくなんてないよ。僕は香穂さんと出逢えて本当に幸せなんだから。君が好きっていうその想いがつい口から言葉になって零れちゃうんだよね」
そう続けると、彼女の頬がほんのり赤く染まった。
何か言おうと彼女はその唇を開きかけたけど、結局どうしていいかわからないのか、また閉ざしててしまった。
そして何も言わない代わりにアイスティをストローで意味なく、ぐるぐるとかき混ぜる。
カランと小気味よい音を氷が立てた。
--- そう、初めて君に出逢った時のことを、思い出したから。
いつもただ、少し離れた場所から君がヴァイオリンを弾く姿を見つめていた。
最近になって、よくその姿を見掛けるようになった、名前も知らない彼女。艶のある長い髪が海風に揺られてなびく。
その心に響くあたたかな演奏はもちろん、奏でる彼女のことも綺麗だと思った。まるでキャンバスを切り取ったかのような絵になる光景。
いつしか、休日になれば彼女を見かけた場所へと知らず足が向いていた。
偶然でもいいからまたあの演奏を聴きたいと、彼女に逢いたいと、そう思うようになった。
そして、気付いたのだ。
--- きみがすき。だと。
「香穂さん」
ずっと知りたかった、知らなかった名前を今は呼べる。
声を掛けると彼女が顔を上げた。その頬にそっと指先で触れる。
今はこんなに傍にいる。望めば手の届く、こんなに近い場所。
偶然をいつも欲しがっていた自分には、もうさよらならだ。
彼女の頬から名残惜しげに指を離すと、目の前にその手のひらを差し出した。
「え、えーと、加地君??」
「ふふっ、そろそろ移動しよっか。君の演奏が聴きたいんだ」
そう正直に告げると、彼女はくすりと微笑んだ。
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