お料理のススメ
午前4時。
いつもよりも二時間半も早く目覚ましをかけて、珍しくちゃんと自分で起きた。
自分で言うのもなんだけれど、結構ギリギリまで寝ている寝汚い自分がこんなに早くに起きることなんてない。
けれど今日は、今日だけはね。気合が違うんだから。
向かうのはキッチン。
「…おはよう、香穂子。いくらなんでも早いんじゃない?」
エプロンを身に着けて手を洗っていると、物音で起きたのかママがそこに立っていた。
掛けられた声は幾分眠そうに聞こえる。
「でも、今日は失敗するわけにはいかないから」
「何か手伝おうか?」
小さくその場で伸びをしながらママが言う。
「ううん、自分で全部やるの。自分でやらなきゃ意味がないから。ママはまだ寝てて?」
「そう?それじゃお言葉に甘えるわ。頑張りなさいね、香穂子」
--- そう、今日は自分でやらなきゃ意味がない。リベンジなんだから!
あれは先々週のお昼のカフェテリアでの出来事。
調理実習で作ったきんぴらごぼう。自分ではかなり上手くできた方だと思った。だからこそ周りのブーイングにめげず土浦君にそっと差し出してみたのに…。
彼の作ったきんぴらごぼうの方が美味しくてショックを受けた。
元々料理はそんなにしないし、得意ってわけではないけれど、男の子の土浦君がなんでこんなに料理上手なのかと実はかなり落ち込んだ。
きっと、落ち込んだ理由はそれだけじゃない。私が土浦君に好意を抱いているから。好きな人より料理が下手なのは女の子としてはやっぱり頂けない。
その日の夜、土浦君からメールが届いた。話題はお昼のきんぴらごぼう。アドバイスは有り難かったけど、ちょっと悔しかった。
それで心に誓ったのだ。もっと美味しいきんぴらごぼうを作るって。教えてもらったTVも見たし、ネットでレシピも見た。ママにも教えてもらって何度も練習した。
だから今日はリベンジ。お弁当を作っちゃおうと思っているのだ。
美味しくできるといいんだけど、こればっかりは出来上がってみないとわからない。
どうか上手くいきますように。
朝の日差しが眩しい。さすがに4時起きのこの身にはツライ。だっていつもより何時間睡眠時間少ないんだっけ?考えるのも億劫だ。爽やかにさえずる小鳥の声さえ恨めしい。
「おはよー、日野ちゃん」
「おはよ、香穂子」
友人達の元気一杯の声が軽快に香穂子の横を通り過ぎていく。
「…おはよぅ」
眠そうな声で挨拶を返した後、気が抜けたのかついつい大きなあくびが出た。慌てて口元に片手を当てる。だ、誰にも見られてないよね?
「日野、でっかいあくびだな。夜更かしでもしたのか?」
「つ、つつつ、土浦君…あははっ」
よりにもよって見られてはいけない人に。なんて間の悪い。とりあえず笑って誤魔化した。
「えーと、おはよ」
「おはよう、日野。後ろはねてるぞ」
小さく笑いながら彼の指が優しく髪を梳く。その動きについ固まってしまった。
「あ、悪い。つい手が伸びてた」
「いえ、あの、ありが…とう」
ぎくしゃくとお礼を言う。なんだか居た堪れない気分だ。
「それじゃ、先行くな」
「あっ」
「?」
その声に土浦が振り返る。
「あ、あああああのねっ」
裏返って素っ頓狂な声が出た。ああ、私のバカ。穴があったら入りたい。
「急いでないからゆっくり言え」
彼は小さく苦笑して肩を竦めた。
「えと、あの、よかったら今日、お昼一緒にどうかな?」
「ああ、別にいいけど。今日弁当ないんだ。だから購買行ってからな」
「あのっ、おべんと、作ってきたの」
「おまえが?」
驚いたようなその表情。ま、そうだろうとは思ったけど。料理しそうに見えないんだろうな。
「うん、いっぱい作ったから一緒にどうかなって思って」
思ったよりすらすら言えた。さすがに「あなたの為に作りました」とは恥ずかしすぎて言えない。ま、リベンジではあるけれども、土浦君に食べてもらいたくて作ったのだ。
「それじゃ、ご相伴にあずかるか。…何処に行けばいい?」
「屋上で」
「ああ、わかった。それじゃ、またな」
ドキドキする。どうしよう、胸のドキドキがおさまらない。
お弁当の包みをしっかり胸に抱えて階段を上がる。
教室を出るときに、加地君に「一緒にお昼食べない?」と声を掛けられた。
一瞬、「一緒に食べよう」と言いかけた自分を叱咤して「今日は約束あるからごめんね」と笑ってそれをかわした。
二人じゃなければ、緊張しないと思うけど、食べてほしい相手は土浦なのだ。甘えてはいけない。
屋上への扉の前で、ひとつ深呼吸。気持ちを落ち着かせなきゃ。そしてゆっくりとドアノブを回した。
「日野、こっちだ」
そう言って彼は手を小さく上げた。
「あ、遅くなってごめんね」
ぱたぱたと駆け寄って謝罪の言葉を述べる。
「気にするな。そんなに待ってない」
「ありがと。それじゃ、食べよっか」
お弁当箱は二段。上がおかずで下がおむすび。包みを解いてふたを開け横に並べる。
もちろんおかずの上の段にはきんぴらごぼうがあって、あとは定番のからあげとか甘いたまごやきとかたこさんウィンナーにポテトサラダ。
とりあえず色を考えて自分なりには頑張ったつもり。おむすびはおかかと梅干とたらこと昆布。定番でおさえてみた。
きっと土浦君から見たら、どうってことないのかもしれないけれど。
「へぇ、すごいじゃん」
見た目の印象は悪くないらしい。その一言だけでもちょっと嬉しかった。
「どうぞ、お召し上がり下さい」
そう言ってお箸を渡す。水筒からお茶を注いで土浦の前に置いた。
「いただきます」
「…日野、おまえ、きんぴら」
「あ、うん。ちょっと作ってみた。今度はどうかな?」
さり気なく答えてみる。本当はこのきんぴらのためのお弁当。気付いてくれたのかな?
彼が口にそれを運んだ。緊張の一瞬。
「うん、うまい。これなら文句なしだな。腕を上げたな」
「本当?よかった」
美味しそうにお弁当を食べてくれて、その上、彼の満面の笑顔まで見られて、なんだか胸の奥がほっこりする。この言葉を聞く為に頑張ってきたのだ。
--- リベンジ、できたかな?
「日野も食べろよ。全部食っちまうぞ」
「うん。そだね。土浦君に全部食べられる前に私も食べよーっと」
それから二人で仲良くお弁当をつついた。本当に彼はおいしそうに食べてくれて、4時起きしてまで作ったお弁当は報われた…と思ったのだが。
『日野、今日は弁当サンキュな。うまかった。特にきんぴら。あれは絶品だった。
けど一言言わせて貰う。からあげ、もう少しからっとあがった方がいいと思う。よかったら今度俺が料理教えてやるから、空いてる日があったら教えてくれ。 by土浦』
「土浦君のバカーっ!!!」
香穂子お料理の修業は始まったばかり。さてはてこれからどうなることやら。
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