ビター。
「天田君、コーヒーいれるの?」
彼女と珍しく寮のキッチンで出くわした。
何か飲もうと思ってきたのだが、誰かに出会うとは思わなかった。
自分の手にはインスタントコーヒーの瓶。
見たらわかるとは思ったが、とりあえずおとなしく頷いた。
「はい、そうですけど」
頤に指を当てて、ちょっと思案顔の彼女。
一体なんだろう?
「んーと、お願いしてもいい?」
「?」
主語がない彼女の言葉。思わずその顔をまじまじと見つめる。
「私にもそれ作って」
そう言って彼女はにこりと笑う。
「え、でも流依さん。コーヒーですよ?」
いつも彼女が飲んでるのはミルクと砂糖がたっぷりの甘いココア。
たまに同じものをいれてもらって飲んでいる僕には、とても不思議なセリフに思えた。
「そんなのちゃんとわかってるよ」
そう言ってまた彼女は笑った。
ラウンジのカウンタ席にいつものように並んで座る。
最近、よく二人一緒にいることが多い気がする。
気のせいだろうか?
「はい、どうぞ。インスタントで悪いんですけど」
ほわりと湯気をあげるカップを片方、彼女の前に差し出す。
「いい香りだね。ありがと、天田君」
よく笑う人だと思う。
優しそうな笑顔に知らずいつも癒されている。
「いただきまーす」
行儀よくそう言って彼女はカップにゆっくり口をつけた。
それに僕も倣う。
「…にが〜い」
小さく聞こえた声。
「流依さん、大丈夫ですか?」
やっぱりいつも甘いのを飲んでるから苦く感じるんだろう。
「だいじょーぶ。でも天田君、よくこんなの飲めるね」
「あはは、慣れたら平気ですよ」
でも、僕も本当は…。
「あ、そうだ。今日部活でチョコ作ったの。一緒に食べるときっとおいしいはず。ちょっと待っててねー」
パタパタと階段を忙しくなく上る彼女の姿。
それを見て小さく苦笑がもれた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「はい、どうぞ」
差し出されたのはまあるいトリュフチョコがいくつか入った包み。
「きっと合うと思うんだ」
促されるままひとつ、指先でつまんでそれを口に運んだ。
広がる甘さ。
こくりと一口コーヒーを運ぶ。
「とってもおいしいです」
「やったあ。私も試そっと♪」
同じようにチョコを運んで彼女はコーヒーを飲む。
その表情が嬉しそうに綻ぶのを見て、ちょっと安心した。
「天田君」
「はい、なんですか?」
「…いつか、苦いコーヒーがおいしく飲めるようになったら、また一緒に飲もうね」
「え?」
「またその時は天田君にいれてもらっちゃお。…約束だよ」
小指を絡ませていたずらっぽく彼女は笑う。綺麗な微笑みに思わず見とれてしまった。
きっとばれてるのだろう。
苦いコーヒーを僕がおいしくないって思ってることに。
いつか、おいしいと思える日がきたら、彼女と一緒に…。
>Back