CALL RAIN
雨の日に調子が悪くなるのはいつものことで。
南条はそれを知っていたから、雨が降るといつも俺を気にした。
今日は朝から雨が降っていた。
額にそっと置かれた手のひら。
彼の手は冷たくてとても気持ちいい。
「少し熱があるようだな」
机の上に突っ伏したまま、離れていく手を惜しんで思わず掴んだ。
「冷たくて気持ちいい」
どうした?と問われるより先に告げた。
そのままにしてほしいという思いは言わなくても伝わったようだ。
手はそのままに目の前の席に彼がすっと腰掛ける。
「保健室に行かなくても大丈夫か?」
「だいじょぶ、だいじょぶ」
むくりと机から半身起こす。
ゆらゆらと、揺れる視界。
自分が揺れているのだろうか、それとも視界だけ揺れているのだろうか。
判断がつかない。
「なんかー南条が二人に見えるー」
ふにゃりと笑ってそう言うと、トレードマークの眉間の皺が深くなった気がした。
「保健室だな」
そう独り言のように呟くと、南条は俺を抱きあげるように机から起こした。
「稲葉、悪いがこいつを保健室に連れて行ってくる」
「ああ、先生にはゆっとくよ」
「はるりん、大丈夫?」
「ゆっくり休んで」
「無理してはだめですわ」
「ん、へーき」
口々に掛かる声にへらっと笑って短く答える。
クラスメイト達は心配症が多いようだ。
「多分、歩ける。なんじょー」
さすがにお姫様だっことかされた日には、明日から学校なんて来れない。
「ぼっちゃま、肩貸してー」
普段はぼっちゃまと呼ぶと怒る南条がそれを無視した。
「大丈夫か?」
「だいじょぶ、だいじょぶ」
心配そうな表情の彼に軽口で返す。
「お前の大丈夫はあまりあてにならん」
「信用ないなー」
まあ仕方ないか、とぽつりと漏らすと南条が少し笑った。
トントン。
「失礼します」
一言かけてガラリと保健室の扉を開ける。
夏美先生の姿はないようだ。
「とりあえずベッドで寝てろ」
そう言って南条が俺をベッドに寝かせる。
「解熱剤があればいいんだが。さすがに棚は鍵が掛かっているか」
「いいよ、南条。寝てたら治る」
笑ってそう言うと南条が、小さくすまんと謝った。
そんなの別に南条のせいじゃない。
「南条、ありがとう。もう教室戻っていいよ」
「いや、夏美先生が戻るまではここにいる」
なんだろ、そんなに弱弱しく見えるのかなあ。
南条のその言葉を嬉しくも思いながらも少し罪悪感。
「授業が…」
「俺はそんなもの出なくても一番だ」
威張ったように言うから思わず笑ってしまった。
まあ確かに授業なんて出なくても、南条は勉強で遅れを取ることはないだろう。
鈍色のどんよりとした空。
見ているだけで憂鬱になってくる。
雨は嫌い。嫌い。嫌い。
「やっぱ晴れてる方がいいね」
窓の外を睨めつけながら、そう感想を零す。
「そうだな」
「おひさまがホント恋しいよ」
「そうだな」
「南条。そうだな、しか言わないしー。つまんなーい」
「おまえは酔っ払いか。おとなしく寝てろ」
そう絡むとそんな突っ込みを入れられた。
「…昔は、雨…嫌いじゃ、なかっ…た」
「佐倉」
なんでだろう。なんだか泣きそうだ。
南条の声が優しく響く。
「姉さんが、好き…だった、から」
途切れそうな声。
「ああ」
幼子をあやすように、南条が髪を撫でてくれる。
雨は嫌い。
好きだったけど嫌い。
あの笑顔を思い出すから。
だから、嫌い。
『波瑠ちゃん。ほら見て、雨降ってる。お姉ちゃんね、雨好きだなあ』
『なんで?だってお外で遊べなくなっちゃうよ?』
『そうねえ。お外では遊べないかもしれないけど、雨の後はとても空気が綺麗なのよ。…なにもかもすべて洗い流してくれる』
さみしそうな横顔。
なんでお姉ちゃんはそんな顔をするの?
『お姉ちゃん?』
『それに人間はお水がないと生きていけないのよ。木だってお花だって、命のあるものは全部。恵みの雨って言うでしょう?』
儚げな今にも消えそうな笑顔は今も脳裏に焼き付いている。
体が弱く、白い部屋に閉じ込められた姉は、焦がれるようにいつも窓の外を見ていた。
外には、出られない。出ることができない。
窓から見える景色をいつもどんな思いで見ていたのだろう?
本当は雨なんかよりも、晴れた日の方が好きだったのかもしれない。
今となっては聞くことはできないけれど。
「南条、やっぱり俺は、雨は…嫌いだよ」
しとしとと 雨が降る。
止まない雨が。
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