IF


--- もし 何も起きなかったら 今頃どうなっていただろう?


放課後。
別段理由があるというわけではなく、ふらふらと気のむくまま屋上へと足を運んだ。
理由付けをしなきゃいけないというなら、そう、暇だったから。
何かに急かされるように流れる雲をただ一人、座って眺めていた。

夕焼けのオレンジ。
静寂の中、ぎぃとドアが軋む音が鳴った。

「佐倉」
後ろから掛けられた声に、首だけ逸らして振り向く。
なんて愛想のない態度。
自分でもそう思ったが、彼の姿を目に留めてまあいいかと思い直した。
「あー、なんじょー」
間延びした声に、呆れるように彼は肩をすくめた。
「探したぞ」
短く言われる言葉。
彼の後ろでバタンと大きく音を立てて閉まるドア。
「覚えててくれたの?」
そういえば「一緒に帰ろう」と約束してたっけ。それも自分から誘ったんだった。
日直だった彼を教室で待ってると言ったのに、こんなとこにいる自分を探してくれたのか。
「約束したからな」
当たり前だというように南条は胸を張る。
尊大な態度は相変わらず。けれど昔ほど嫌味にはうつらない。

「手、貸して」
差し出した手に、南条はほんの少し眉を吊り上げたが、ちゃんと引っ張り上げてくれた。
「さんきゅ。南条ってなんだかんだ言っても優しいよね」
ズボンのほこりを払いながら、ぽろっと口から滑り落ちた言葉。
「面倒見もいいし」
続けて言うと、盛大な溜息が傍で聞こえた。
「おまえらが世話が焼けるんだ」
「ふふっ、面倒の見がいがあるでしょー?圭ぼっちゃま?」
からかうように言うと、拳骨が頭に飛んできた。
いまだに「ぼっちゃま」と言うと怒るのは変わらない。
言わなければいいのだが、ついつい構いたくなってしまう。どうしてだろう?
「痛ってー。本気で殴らなくてもー。バカになったらどうすんだ!」
「それ以上はならんだろう」
「まったくー、ホント失礼だなー」
いつもの光景。こんなじゃれあいがたまらなく嬉しい。
頭をさすりながら文句を言うと、南条がくすりと笑みを浮かべた。
普段、滅多に見せない彼の笑顔。少し目を細めてやわらかく綻ぶ口元。
それはとても優しそうで大好きだった。

「もし、あの事件が起きなければ、南条とこうやって話すことなんてなかったかな」
その笑顔を見ながら、ぽつりと呟く。
「そうかもしれんな」
「そうやって考えると、俺、ちょっと事件に巻き込まれたことに感謝かもー」
今までの関係なら、こうやって笑い合って、じゃれあって…。
こんな時間は持てなかったのかもしれない。
「おまえはポジティブだな」
「そう?最初南条のこと、頭はいいけど尊大で付き合いにくくてちょっと嫌味なヤツだって思ってたの。
けどホントは優しいし、かわいいし、思いやりもあるし。それってさー、一緒にいなきゃわかんなかったことでしょ?」
「それは褒められてるのか?」
しっくりこないというような顔。彼のトレードマークとも言える、眉間にまた皺が寄っている。
「もちろん!…だから、もし何も起きなかったらって考えると…」
小さくなる言葉尻。
このまま何も知らないままだったら、ちょっと損してたかな、そうやって続けると、南条が不遜に笑った。
「IFという仮定を考えるのはあまりおまえらしくないな」
「そうかな?」
「おまえはずっと前向きだった。ひたむきなくらいに。前だけを見てきたのに何を今更思い憂う必要がある?
現状に不満などないのだろう?もしもーなんて考えるのは馬鹿げている」
説得力のある言葉。なんでこんなに自信満々なんだろう。
「そうかなー?…うん、そうかもしれない。実際、南条とこうしてるし」

くしゅん。

不意に小さくくしゃみが出た。
「まったく、いつからおまえここにいたんだ?風邪を引く前に帰るぞ」
呆れたようなその言い振りに、反論をしようとしたけど。
そっと伸ばされた指先。ぎゅっと繋いだ手。
そう言う南条のそれも少し冷えてたけど、指先から伝わる温度にちょっと心があたたかくなった。


--- もしも なんて 必要ない。


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