それがはじまり。


出逢った瞬間に恋に落ちる。
そんなことは有り得ない話だと思っていた。


「なあ、ジェイド。おまえが俺の『初恋』の相手だって言ったら信じるか?」


何気なくぽつりとそんな言葉を投げかける。
「いきなり何を仰るんです、陛下」
呆れたような物言い。
ちゃんと話を聞いているのか聞いていないのか、ジェイドはぱらぱらと書類を捲ってはペンを規則的に動かしている。
「答えになってないぞ。信じるか信じないか、その二択だ。簡単だろ?」
「信じませんね。あなたの初恋…かどうかまではわかりませんが、それはネフリーなのでしょう?」
書類を捲る手を止めて、彼が顔を上げた。
交錯する視線。それは一瞬の出来事。その表情からは何も読み取れはしない。
「やっぱりそうか」
胸の内に広がる苦い思いを噛み殺す。
聞かなくても本当はわかっていたのだ。ジェイドがどう思っているかなど。
そんなことはわかっていたのだ。


--- あの瞬間、目を奪われたのは兄と妹の果たしてどちらだったのか。


窓から見える外の景色。
舞い散る白い雪。楽しそうに遊ぶ子供達の姿。
その輪の中、興味なさそうに一人立ち尽くすその子供にふと目を奪われた。
人形みたいに綺麗な子。冷たそうな、何もかも見透かすようなその瞳に囚われる。
走り寄ってきた子供に一言二言何かを返す。
表情は変わらない。少しでも笑えばいいのに。
つんとすました表情ではなく笑った顔が見たいと思った。
閉じ込められていた屋敷から、監視の目をぬって抜け出す。
子供である自分がまさか抜け出すとは考えていないのだろう。
案外、屋敷の外へと出掛けるのは簡単なことだった。
外に出ようと思った理由はきっと、あの子供と話をしてみたいと、できれば友達になりたいとそう思ったからだった。


『ねえ、君なんて名前?あ、俺はピオニーって言うんだ。よかったら名前教えてよ』
そんな風に気軽に話しかけた。
間近で見ると本当に綺麗な子だった。雪のような白い肌に赤い唇が映える。
『………』
じろりと無言のまま睨まれた。
何か自分は気に触るようなことを言ったのだろうか?ただ名前を教えてと言っただけなのに。
『そんな顔すると折角の可愛い顔が台無しだよ』
茶化してそう言う。
『…だ』
『何?』
よく聞き取れなくてもう一度聞き返した。
『僕は馬鹿は嫌いだ』
それだけ言うとくるりと踵を返した。
『…あれ、僕って君、男の子?』
耳に届いたその言葉にちょっとショックを覚える。てっきり女の子だと思っていたのだ。
投げかけた言葉に彼は何も返してはくれなかった。
ざくざくと雪を踏みしめる音が遠ざかる。小さくなる後姿。
『あー、待ってよぅ、ジェイド』
ひ弱そうな男の子がその彼の後を慌てて追う。
『あの、ごめんなさい。私、ネフリーっていいます。お兄ちゃん、ジェイドっていうんですけど、よく女の子に間違えられて…それ一番嫌がってて』
代わりにぺこりと頭を下げる。
『そうだったんだ。悪いことしちゃったな。今度ちゃんと謝るよ』
彼の妹だという女の子はその言葉に、にっこりと微笑んだ。
きっと、あの子も笑うとこの女の子みたいに可愛いのだろう。怒った顔じゃなく、笑った顔が見てみたいと思った。


--- あの瞬間、きっと『恋』に落ちたのだ。




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