さしのべられる手
あなたはいつもそうだった。
最初の出逢いからいつも、そうだった。
屈託のない笑顔を浮かべて「一緒に遊ぼう」とこちらへと手を差し伸べてくる。
素直じゃない自分にはその手を取ることができず、振り払った。
『僕に構わないでくれる?』
邪険にそんな言葉を返しても、毎日のように彼は声をかけてきた。
ある意味ずっと自分の後を付いてくるサフィールと変わらない。
けれど、なぜかそんな彼に少し興味も覚えた。
毎日毎日、同じことを繰り返しても、その笑顔は曇らない。
顔色を伺うようなこともなく、ただ気軽に声を掛けてくるのだ。
『なんでいつも笑ってられるんだ?』
いつもは無視を決め込んでいたのに、ついぽろっとそんな本音が唇から零れた。
『なんでって、人生楽しまなきゃつまんないだろ?』
楽しまなきゃ、つまんない。
ただそれだけで笑っていられるのか?
僕には楽しいと思えることなんて、そんなにない。
『ジェイドはいつも怒ってばかりだな。もう少し笑った方がいいんじゃないか?」
そんな言葉と共に両頬をむにっと掴まれた。
『にゃにをふる』
『あははっ、それじゃ全然怖くないぞ!』
白い歯が彼の口から覗く。
とても楽しそうな笑顔。見ているこっちまで楽しくなるようなそんな笑顔。
--- それは、今も変わらない。
「ジェイドー!」
ノックもなしにドアがばたんと大きく開く。
副官がぱたぱたと彼の後を追ってきて平謝りする。
「すみません、カーティス大佐。ちゃんとご案内をしようと思ったのですが…」
「ああ、大丈夫ですよ。いつものことですから。あなたは悪くありません。…すみませんがしばらく下がっていてもらえますか?」
「はい、それでは失礼します」
にこりと笑いかけると、安堵の表情を浮かべ、一礼して副官が出て行く。
そこに残されたのはジェイドとピオニーの二人。
「陛下、執務中ですよ。もう少し静かになさってくれませんか?」
書類に落とした視線はそのまま、手を止めることなくやんわりと注意をする。
「そんなに真面目に執務室に篭ってばっかりじゃ楽しくないだろ?」
ジェイドの方へと靴音が近付く。
「楽しいとか楽しくないとかの問題ではありません。これは仕事です」
言いながら、目を通した書類を左から右の山へと積み上げていく。
「またそんな固いことばっかり言って。おまえは変わらないな」
すぐ傍から声が滑り落ちた。
「そうですか?」
その言葉につと顔を上げる。
「ああ、変わらない。そんな嫌味なかわいくない笑顔だけ覚えちまってやりにくいったらありゃしねー」
「ありがとうございます」
口の端を吊り上げてわざと笑顔を造る。もちろんこれは嫌がらせだ。
「誰も褒めてないんだけど?」
「おや、そうでしたか?」
すっとぼけたジェイドにピオニーはやれやれというように小さく肩を竦めた。
「それより、一緒に飲みに行こうぜ。おまえここんとこずっと執務室に篭りっきりだろ?」
「仕事があるんです」
机の上に積まれた書類を一瞥する。
「それは知ってる」
「知っているなら諦めてくれませんか?」
「いいから、ほら、行こう?」
そう言って目の前に差し伸べられた手。
--- まったく、あなたには適いませんね。
あの頃、この手を素直に取ることはできなかった。
その笑顔で何十年かけて私を懐柔したのだか。
本当に参りますよ、あなたには。
「わかりました。陛下の仰る通り、お供致しますよ」
差し出された手を取って椅子から立ち上がる。
そこには満面の笑みを浮かべた彼の姿があった。
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